スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- | スポンサー広告 | edit | page top↑

民族性の違い(体・姿勢の比較)

「農耕民族」と「狩猟民族」の体のつくりは真逆だ。

それは、その民族が使う「道具」を見るとよくわかる。道具が、それが出来る前に用途があって、その目的を便利に正確に成し遂げるために道具と定義すると、それを使う民族の体のつくりや筋肉の付き方からくる動作で便利に使えるようになってるはず・・・だから姿勢も違う。

ゴルフ用品メーカーのクラブを開発している方と話したときに、同じ年齢、同じ体重、同じような体格の日本人と欧米人を集めて同じクラブで打たせてみると、欧米人の方が圧倒的に飛距離が出るそうだ。日本人はどうしても打つときにクラブを引っ張ってしまうという。

科学的検査でも、日本人は打つときの両手 の内側に力が周り、欧米人は腕から背中まで外側を周るそうだ。

オリンピックでも、それぞれの民族で筋力が違い、得意な種目が異なるのは至極当然なことなんだろう。

介護の現場でも、以前聞いた話だが、介護士が介護のご老人の手を自分の首に回させて起こす時、あまりに老人の引く力が強いので腰を痛めるケースが多いとい う。確かに、自分の祖父は七年寝やきりだったが、起きるときに、天井から端を結んだ手ぬぐいを垂らしておくと、それをつかんで木登りのように起き上がれた のを思い出した。

老人でも引く力がある。
欧米の老人の場合は、家具やベッドを押して起き、杖などの使い方も欧米の老人の方が上手に使いこなす。

引く動作を主にする農耕民族は、当然前こごみの姿勢でないと充分引けない。
だから、日本人はどうしても歩くときに出した膝が曲がって歩いてしまう。前に出した足で地面の引っ掻くようにして、残った足を前に出す歩き方だ。

狩猟民族は、後ろに反り気味な姿勢になってないと充分な力が瞬時で出せないから欧米人の歩き方も、足を出しても残っている足に重心が残り、その足で地面を押して体を前に進めるから歩いてもあまり膝が曲がらない。

長身で、金髪で足が長く、いくら後ろ姿は外人風だが、歩き始めると日本人だって感じるのはその辺の歩き姿の違いだろう。
しかし、日本でも昔からスッと背筋が伸びた姿勢や姿がやはり美しいとされていたのは、浮世絵や美人の表現などを見てもわかる。

この価値観は、どの民族でも一緒なのだろう。

そう考えると、衣服や服飾品も着飾る目的だけでなく、姿勢を補正するとしての機能があったのではないかと考える。確かに道具として服飾雑貨を比較するとやはり真逆だ。

昔から西洋のアクセサリーは、ペンダント、イヤリング、バックル等々すべて前に加重が掛かるものが多い。

比べて、昔の日本人の服飾は、帯の太鼓、日本髪、かんざし等、後ろに加重を掛けるものが多い。

服飾品も道具として考えると、そうした民族的な姿勢をできるだけ自然に直立に美しく見せるための機能として身につけていたのではないだろうか。

現在我々は日常的に西洋の格好をしているということは、前屈みの民族的な姿勢をさらに前屈みに補正しているいうことになる。

実はこのことが、欧米での睡眠トラブルと比べ、日本での睡眠トラブルの方が根が深く、個人差が大きな要素になっている原因だと思っているのだが・・・。
17:27 | 睡眠文化について | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

民族性の違い(道具の比較)

その民族が日常使ってる道具は、当然自分たちの体の動きや筋肉の付き方で、使って便利なものであるはず。
「道具」は、その道具ができる前に必ず目的があって、その目的を正確に簡便に迅速に果たすために目的の後から道具が生まれてくる・・・これが自分の「道具」の定義だ。
それぞれの国によってそれは異なるが、大きく大別すると「狩猟民族」と「農耕民族」に分けて考えることができる。
これを比較すると、ほとんどすべて真逆なことに気がつく。

今、寝具インテリアなど、生活関連の業界はまさに大半が西洋色一色の感・・・つまり狩猟民族の道具をメインとしているわけだが、日本人は当然農耕民族。はたして農耕民族が狩猟民族の道具をそのまま使って本当に便利で使いやすく快適なのかを疑問に思う。

農耕民族と狩猟民族のを比べてみると、日本の道具は「引く」という動作で目的を果たせるようになっているものが多い。逆に、西洋の道具は「押して」ことで目的を果たすものが多い。

つまり、農耕民族は「引く」動作で使う筋肉が発達し、「引く」動作に適すような体になっているて、逆に狩猟民族は「押す」動作で使う筋肉が発達し、「押す」動作に適すような体になっているということ。

たとえば・・・
<のこぎり>:日本ののこぎりは引いて木が切れるように刃が付けてあるが、西洋では押して切れるような刃になっている。
<剣や刀>:日本刀は引いて人を斬るが、西洋の剣は刺すか叩いて殺す。
<包丁やナイフ>:日本の包丁は引いて食物を切るが、西洋のナイフは押して切る。
<穴を掘る>のは、日本は鍬を落として土を引くが、スコップは刺して土を投げる。
<衣服>:着物は平面裁断で縫製だが、洋服は立体裁断で縫製する。(この違いは仕草重視と動き重視の違いだろう)
ここまで真逆と言うことは、体や筋肉も真逆であると考えるのが自然だ。だから、当然仕草真逆になる。

<仕草>:驚いたときに日本人は「キャッ!」で体を縮めるが、欧米人は「ワォ!」で開く。



(体や姿勢の比較は、また今度・・・^^)
17:28 | 睡眠文化について | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

伝統技術や職人の技を後世に残すと言うこと

モノをいろいろ見ていると、この伝統技術や職人の技を後世に残さなければ!!・・と強く思う。

しかし、よく考えると、それは軽々しく言えない事に直面する。

一つの技を残すと言うことは、その職人さんや作家さんが「その物を作るための道具」を作る職人さん達を10人以上残すことだし、また「その道具を作る」道具を作る職人さん達を30人以上は残さなければいけないということを意味する。

ひとつのモノを残そうといったとき、それは一人の職人さん、作家さんが生き残れると言うことだけでなく、バックにいる大勢の人も一緒に生き残れないとダメだということ・・・

先日行った新潟県見附のシャツ生地の織機や仕上げ加工の機械の一部の部品ですら、もう作る職人さんがいない状況になっている。織る職人さんはいて、織機もまだまだ動くのに、たった一つの部品がないためにその織機は死んでいるのだ。

特にうちのブランケットやシーツを織っている岡山のシャトル織機も、部品が壊れるとほぼ100%特別注文で作るといった状況になっている。

唯一残せる方法があるとしたら、それら日本の技から生まれたモノたちを、非日常から日常に引き戻して、生活の道具として極々日常的に使うことしか我々にはできないのかもしれない。
15:43 | 睡眠文化について | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

そろそろ動物として「眠り」を考えた方がいい!!

動物の眠りや寝方は、置かれてる環境によって異なる。
 
草食動物など弱い動物ほど立って寝る。肉食動物でもうつ伏せ・・・しかし、ペットは平気で仰向けで伸びながら寝たりする。
 
動物は、危険がないほど仰向けに近い寝姿勢をとるということだろう。
 
人も動物な訳だから、本能的にその時々の環境で姿勢を取る同じと考えると、仰向けで寝れてる時が一番ストレスがなく、リラックスできていると考えられる。
 
腰が痛かったりするときは、横向きで胎児のように丸まって寝る・・・これは、腰が楽だから。
また、心配事や気になることが頭にあると、横向きの姿勢になりがちだそうだ。
 
うつ伏せは?・・・野生の肉食獣と同じように危険から身を守る姿勢ということで、ボクサーで言えば、打たれてる時のガードを取った姿勢ということになるかもしれない。肉体的な危険よりも、精神的な危険、つまり「ストレス」ということになるだろう。
「もう撃たないでくれ!」・・・そんな感じかな?^^
 
そう考えていくと、寝方は、その日の「カラダ」「気持ち」「環境」「生活サイクル」の状態を受けて、動物としての本能で自然にそれらを考慮して取らせてる。
 
だから、世間で言うところの「理想的な寝姿勢」もなければ「正しい寝方」などありようがない・・・あるのは、その日の自分に最も忠実で、ラクな寝方が、その日の自分には一番いいということ。
もし、「いい睡眠を得るには理想的な寝姿勢・寝方はこれだ!」という提唱があるのなら、理想的な寝姿勢・寝方を意識して寝つかれないのと、それを無視して自然に任せて熟睡できたのとでは、どっちが睡眠の質は高いのかを聞いてみたいものだ。
 
こ れは眠具でも同じ事、人間光学に基づいてとか、○○研究機関のデータを基に作られたとか、いかにも説得力のある商品開発だが、よく考えれば、そんな平均値 を集めて作った眠具は誰が使っても合わないといってるようなもの。なぜ?って、それは平均値の人なんて滅多に存在しないから。
人それぞれの凸凹の数値を平均化した数値な訳だから、誰が使ってもいいとこ60点くらいの使い心地だろう。
 
○○的な平均値が必要なのは、「眠れない」という人を、最低限「眠れる」環境にする場合だけだろう。
 
「快適な眠り」とか「至福の眠り」とか・・・心地よさや気持ち良さを眠りに求める場合は、一切の情報を排除して動物に戻って、自分が一番気持ちいいもの、一番心地が良いものを探すことだ。他の人には40点であっても、自分にとって120点の心地よさならいいのではないか。
 
いつの間にか動物の中で人間だけが本能ではなく、情報だけで判断するようになってしまったが、そろそろもう一度動物に戻って自分の快適な眠りを求める必要があるのではないか。
 
住空間ではなく「巣」、ベッドルームではなく「寝床」、こんな表現に変えてみると、意外といろいろなものが正直に見えてくる感じがする。

23:55 | Note | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

なぜ「床に寝てはいけません!」なのかを考える

うたた寝してると、昔から「ちゃんと布団に入って寝なさい!」と怒られる。最近、酔っぱらって冷たい床が気持ち良く、ほんの少しと思いつつ気がつくと妻に怒られている・・・^^

本来、何で床で寝てはいけないのか・・・何か意味があるはず。

体には冷やしていい部位と、冷やしてはいけない部位がある。床に寝ると、身体全体を冷やしてしまうので体に悪いと言うこと。
寝たきりの老人の死亡原因の多くは肺炎で、その多くの原因は「おねしょ」した後、尿がシーツに全面に広がり、全身を冷やしてしまうことで体力のないご老人は風邪を引き、肺炎を併発してしまうという。

ここ数年、猛暑に任せて、寝具の業界で馬鹿売れしているのがジェルなどを使った冷感シーツだが、これは床に寝てるのと同じように、身体全体を冷やしてします。
20-30分の昼寝程度ならいいのかもしれないが、睡眠8時間中ともなるといかがなものか。

天然素材の麻の冷たさは、調湿や発湿時に起こる気化熱の冷たさだから、接面は体温に応じて暖まるが、寝返り等で接面が離れれば次に接したときにはまたヒンヤリすると言う冷たさ。
逆に、ジェルなど人工的なものは、冷やせば冷やしっぱなしの機能である。

猛暑で寝苦しいが、睡眠の本質的目的である「健康維持・促進」の目的を忘れて、ヒンヤリ冷たくて寝られれば命は入らない!・・・なんていう眠り方は大いに考える必要があると思う。

また、製造・販売する側も、売れれば何でもいいっていうのはいい加減考えた方がいい。



23:23 | 寝具の役割 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑